「京丹後のインバウンド対応、徒然なるままに・・・。」青春18きっぷ夏旅(その1)

◇福知山までがJR線なので青春18きっぷで行けますが、京丹後鉄道は、別料金です。
◇京丹後地方での観光事業のインバウンド対応について勝手な日帰り観察を開始。
◇宮津、天橋立、舞鶴、綾部の観光案内所を訪れ、それとなく探ってみました・・・。
◇何で京丹後かって???
◇インバウンドで溢れている京都市から、それ以外の地域への流れを作りたいからです。
◇「海の京都」作戦に便乗し、新しいビジネスチャンスが潜んでいると期待しているからです。

その①:地産地消の隠れた特産品は無いのか?
 ⇒ 農産物直売所に行くと、大阪のスーパー比較で、安くて美味しそうな地元の野菜・果物が結構ある。買ってリュックに入れて   帰ります。トマトなんか、とってもジューシー。キーワードは地域ブランディングの可能性かなっ?
その②:インバウンドの流れをつくる観光案内所での外国語対応
 ⇒ 仕組みとしては無く個人スキルに依存。これでは、インバウンド勧誘が出来ない。
その③:案内図等の外国語観光ガイド(英語、中国語、韓国語)の配布物
 ⇒ 場所によって対応のバラツキは大きいが、資料作りは役所の得意技???
その④:無料Wi-Fiの設置状況
 ⇒綾部市は、情報を集約して設置拠点のパンフレットを配布。
 ⇒天橋立は、駅の観光案内所の設置案内のみで、各店舗独自の設置の情報集約はない。
 ⇒これもインバウンド勧誘が出来ない要素のひとつだと思うのだが・・・。
その⑤:公共の交通機関活用(車社会依存ではインバウンドの流れはできない。)
 ⇒京丹後鉄道のみで、地域内でのバス便はあるが極めて不便。
 ⇒一番の問題は、バス便のネット情報提供が不備で、インバウンドには対応できない。
その⑥:インバウンドの現況
 ⇒観光案内所の人のヤマ勘で10~20%位?
 ⇒天橋立は、この目で確認。欧米系も見受けられますが、東南アジア系が多い気がする。
 ⇒舞鶴は通過地点として存在するが、観光拠点とはなっていないようである。
その⑦:余計な独り言
 ⇒これでは、インバウンド対応を図ろうとする意欲は感じられないけどなぁ~・・・。
 ⇒観光庁&京都府の「海の京都」構想って、何をしたいのか分からないなぁ~・・・。
 ≪高21回 兵藤幸治≫

出版本の寄贈(高21回 兵藤幸治)

 今年(平成28年度)の矢作会の場で、杉浦校長と名刺交換をさせて頂いた際に、個人の著作本ではなく、建築学会の委員会活動の成果として、共同制作した著作本でも良いか、お尋ねしたところ、特に限定はしていないとのことでしたので、2冊寄贈させていただきたい旨を伝えていましたが、私がすっかり忘れていまして、このブログの件で思いだし、先週末に送付させていただきました。
 私の原稿の部分は、全体のわずか一部分ですが、建築業界を知っていただく意図も含めて、広報活動の一環として、下記の2冊を寄贈させていただきましたので、ご報告させていただきます。

1.建築ストック社会と建築法制度(発行:技報堂出版)
2.地震リスク評価とリスクコミュニケーション(発行:日本建築学会、発売:丸善出版)

広岡浅子のミステリー四方山話・8月3日(高21回 兵藤幸治)

 平成27年度後半のNHK朝ドラ「あさが来た」のモデル、大同生命創始者の一人であり、日本女子大学創設に尽力を注いだ「広岡浅子」の人生に興味を覚え、青春18きっぷを使い、広島で1泊し、九州・筑豊炭田があった福岡県飯塚市まで足を延ばし、知的好奇心をあおってきました。発端は、ピストルを懐に入れ、買収した潤野炭鉱に乗り込んだ広岡浅子ミステリーの真偽を確かめたかったことにあります。

◇広岡浅子のミステリーその①:ピストルを懐に潤野炭鉱に乗り込んだ話は本当か?
・ドラマでは、商工都市大阪の恩人である、大阪商工会議所を創設した初代会頭「五代友
厚」から授けられたピストルを持って、炭鉱に乗り込みます。
・古川知映子原作「小説・土佐堀川(広岡浅子の生涯)」では、加島屋の家宝のピストルを懐に、炭鉱に乗り込みます。
・飯塚市にある「飯塚市歴史資料館」に伺いましたが、広岡浅子の事は、何一つわからず、学芸員の方の話では、地元の人間ではない広岡浅子のことは、この街の歴史の記録にはないとのことです。
・唯一、「洋装のごりょうはんが、ピストルを懐にやって来た!」との記述が、保管されている文献に記載があるだけなのです(ドラマでは和服の「波瑠さん」ですが、史実は洋装の浅子のようです)。
・史実はと言えば、ネット情報やテレビでの浅子伝説番組では、浅子の自筆の文献(手紙を含む)には、ピストルの話は、一切記述がないとの事。
・広岡浅子のピストル・ミステリーは、解明されていません。

◇広岡浅子のミステリーその②:炭鉱の落盤事件は本当か?
・ドラマでは、加野屋(加島屋のモデル)に恨みを持つ、次男新次郎(モデルは広岡信五郎)の幼馴染のサトシが仕組んだ爆発事件。
・原作は、三井家の落ちこぼれの叔父「三井高長」が、三井家と加島屋を妬み、仲間と事故を仕組む事件で、不明者11名の大事故となり、本人も死す。
・史実に残る潤野炭坑の大きな落盤事故は、浅子が炭鉱を保有していた間にはなく、売却後の話なので、ドラマは勿論、原作も創作話のようである・・・。

◇広岡浅子のミステリーその③:そもそも五代友厚と浅子は友達なのか?
・五代友厚が死没したのは、1885年(明治18年)。浅子が潤野炭鉱を買収したのは、その翌年の1886年(明治19年)。
・広炭商店をつくり、石炭貿易をしていた浅子が「門司長崎税関出張所」の設立申請をしたのが、五代友厚が死没した、1885年(明治18年)。
・二人が活躍した時代に、少々、ずれがあり、ドラマのような関係は、史実では存在しないはずである・・・。

◇広岡浅子のミステリーその④:炭鉱王・伊藤伝右衛門と浅子との接点はないのか?
・ほぼ同時期に筑豊炭田で成功した伊藤伝右衛門と浅子の潤野炭鉱とは、飯塚市歴史資料館に展示されていた資料の地図で確認すると、本当に近い。特に、伊藤伝右衛門の邸宅と潤野炭鉱とは、目と鼻の先と言ってもいいくらい。
・浅子の潤野炭鉱の産出量が倍増したのは、1897年(明治30年)で、伝右衛門が家督を引き継いだのが1899年(明治32年)だから、既に、炭鉱王としての道を歩み始めていたはず。
・後の1914年(大正3年)に、浅子の御殿場での夏季勉強会の教え子に、村岡花子(赤毛のアンの訳者で、朝ドラでも取り上げられている。)がいて、村岡花子の親友に柳原白蓮がいて、柳原白蓮は、政略結婚で、1911年(明治44年)に伊藤伝右衛門の後妻となっている。
・どこかで接点があっても不思議ではないと思うのだが・・・。

◇広岡浅子のミステリーその⑤:新島八重と浅子との接点はないのか?
・日本女子大学の創設者は、成瀬仁蔵(ドラマでは成澤泉)で、ドラマには登場しなかったが、土倉庄三郎(奈良の山林王)が、浅子と共同で成瀬を支援し大学創設に貢献した。
・日本女子大の創設には、同志社大学の創設者である新島襄に教えを乞うていて、原作では、成瀬と浅子が揃って新島襄のもとを訪れている記述がある。
・土倉は、同志社女学院に3人の娘を入れているが、そこの寄宿舎の舎監は、言うまでもなく新島八重であり、3人の娘と新島八重が、一緒に写っている証拠写真も存在する。
・女性の地位向上という共通の目的を持つ、幕末から明治を馳せた女傑の二人が、同じ時期の大阪と京都にいて、共通の知人として土倉庄三郎がいて、新島八重と浅子の接点があっても、何の不思議もないと思うのだが・・・。

◇広岡浅子のミステリーの追っかけついでに、ほぼ同時期に発展を始めた、世界遺産に登録された炭鉱都市・長崎の「軍艦島(端島)」にも足を延ばし、朽ちゆく明治の産業革命遺産のロマンを味わってきました。その話は、またの機会に・・・。
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K39

Author:K39
愛知県立岡崎高校の関西地区同窓会です。

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